蒼夏の螺旋 “青葉深春”

*船長生誕記念DLF作品
 



 春も相当に深まって、陽が暮れる時間帯もずんと遅くなった。いつまでも花曇りのようなぼんやりとした明るさが満ちてるようになるからね、冬場のように“暗くなるから早く帰らなくっちゃ”と逸る気持ちも薄くなって。黄昏時の甘やかな風が渡る中、葉桜でも眺めつつゆっくり帰ろうという気持ちにもなってくる…頃合いなのだが。

  【ルフィか? 今、乗換駅に着いた。これから帰るからな?】

 もう足掛け4年目に入ろうかという勢いの同居生活だっていうのにね。依然として“帰るコール”を忘れない、律義で優しい旦那様。ルフィの方だってPC教室のお仕事に出ていたり、それが休みの日だって近所の子供たちと野球だサッカーだと忙しかったりするのにね。日中は離れ離れで寂しかろうという思いやりから始まったそれを、今でもやっぱり毎日毎日怠らない人。
“もう習慣みたいになってるんだろうな。”
 勿論、気持ちが籠もってないなんてことはなく。手が放せなくってとかうっかりお昼寝していてとかで、ルフィが応対に出られなかったりすれば、駅からとんでもないダッシュで飛ぶように帰って来て、血相を変えてルフィの名を呼びつつ駆け込んでくる。

  ――― 無事でよかった。ああ良いって、良い日和だから寝ちまったんだろ?
      何にもなくって何よりなんだから。

 あれほど焦って帰って来た人が、自分のうっかりに恐縮しちゃうルフィを“何でもないなら越したことはないよ”って宥めてくれたりするもんだから、

  “…うん。なかなか甘えたが治らなかったもんな。”

 出張だとか接待で遅くなるだとか。お仕事がらみでのそういう“非日常”が訪れるたび、寂しいようって泣きそうな顔をして困らせもしたのにね。今じゃあ、すっかり平気になった。むしろゾロの方が、途轍もない心配症なまんまでいるのが、こっちも心配しちゃうって順番になってる、のかな? 泣いたりしたらそりゃあオロオロしちゃうしね、お腹を壊して唸ってたりした日には、寝てれば治るって本人が判ってるってのに、大慌てで救急車は呼ぶわ、知り合いの有名な医学博士の先生までわざわざ呼ぶわって大騒ぎをしたほどだったしね。
(笑)
「あれれ? 風間くん、チョビのお散歩?」
「はいvv」
 エレベーターのゲージから降りて、マンションの出口へと向かいかけたタイミング。向こうからもこっちを見つけて“ぱたた…っ”と駆け寄って来たのは、ルフィと仲良しさんの男の子。ふさふさな毛並みのシェルティくんとつながってる赤いリードを手に、マンションへと帰って来たばかりな模様。PC教室でお顔を合わせてるし、ルフィがコーチをしているサッカークラブでも、エースストライカーの風間くんという子で、しかもその上、エレクトーン教室ではここいらの地区の発表会の優勝を何度ももらってる、優秀な音楽家でもある多才な少年で、
「センセーはお買い物ですか?」
「うん。お醤油を切らしてて。」
 お料理に使うのじゃなく、お刺身用のたまりっていうのをね、買い置きがあると思い込んでたらいつもの棚になかったの。そんなお話をしながらも、構ってよ・はうはうってじゃれてくる可愛いシェルティくんのふかふかな毛並みを撫でてやる。愛嬌があって本当に人懐っこいチョビくんは、風間くんが初めての発表会で表彰されたお祝いに“飼っても良いよ”って許可されたお友達なんだって。ペットを飼っても良いマンションだとはいえ、ちゃんと責任もってお世話出来るの?って何度も何度も言われて…それでも欲しかったって。
“風間くんなら大丈夫だもんさ。”
 責任感の強い、優しい子。家族旅行もね、チョビを連れてけないなら1泊以上のには行かないって、自分から言い出すんですよってお母さんが苦笑してた。ちょっぴり甘やかしちゃったから、自分がいないと寂しがって夜中じゅう吠えちゃうでしょって。そんな優しい子が自分のこと“センセー”って呼んで懐いてくれるのがまた、とっても嬉しいルフィでもあって。マンションのエントランス・ロビーで“連休中は何して過ごすの?”ってなお喋りをしていたら、
「…うう?」
 お行儀よく“お座り”していたチョビくんのふさふさなお尻尾が、急に早いテンポで振られ始めた。風間くんとルフィとをいい子で見上げていたのに、落ち着きなく立ち上がっては、さっき入って来た入り口の方を向いて。時々“はうっあうっ”と、空鳴きっていうのかな、ホントには声を乗せない、遠慮したような吠え方をし始める。
「チョビ?」
「どしたの?」
 お尻尾が振られているし、唸っている訳じゃあないから、何かへ警戒しての吠え方じゃなさそうで。でも、大好きな風間くんはもう此処に居るのにね。なのに何へそんな反応してるのかな?
「お父さんが帰って来たのかな?」
「…え?」
 あ、そうそう。そうだった。チョビくんは風間くんチのお父さんが一番好きなんだって。まだお世話に慣れてなかった頃のフォローをお父さんがしてくれたので、誰が“リーダー”かっていうのに敏感な犬のチョビは、風間さんチで一番偉い人っていうのを敏感に察したらしくって。日ごろ忙しくて構ってくれなくなっても、お休みの日には車でドッグランっていう広い公園まで連れてってくれるお父さんが、実は一番好きならしいって、ちょっぴり悔しそうに話してくれたことがあったっけ。
“そだよね。そういうの、ちょっと悔しいよね。”
 俺だってサ、ゾロが野球中継とかに夢中になってると、ついつい邪魔したくなる。前だったら…そんなことしたら叱られちゃうかも、嫌われるかもなんて怖がってたのが嘘みたいに、そりゃあもう傍若無人に。
(笑) だってサ、こっちはこんなに好きなのにって思うじゃない。こっちからは一番好きなのに、そっちからは違うの?って。別に捨て置かれてるって事じゃないんだけれど、それでもサ。仕方がないってのは判ってるけど、自分じゃどうにも出来ないことだろけど、でもやっぱ口惜しいもんね。…大人げない? うん。だって俺、まだ中学生くらいの見かけしてるしvv(おいおい) リードがとうとうピンと張っちゃうほどに、そっちへ行きたいですお出迎えしたいですという態勢になってるチョビくんがじっと見つめてたエントランス。強化ガラスが2枚合わせになった自動ドアの玄関から、すたすたって入って来た人はというと、

  「…よお、降りてたのか。」

 ただいまと笑ったスーツ姿のゾロだったから。あれれぇ?っと、揃って小首を傾げてしまい、
「…外れちゃいましたね。」
「うん。でも、ゾロだなんて思わないって普通。」
 他所の人なんだしさと、本人には全く罪がないのに…何だかご期待に添えなかったような、随分な言いようをされてしまったご亭主でございました。
(苦笑)







            ◇



 チョビがゾロに、風間くんチのお父さんへと同じくらいの反応をして見せたのはね。
「色んな躾けをしてもらったトレーニングセンターの担当だったお兄さんと、ゾロってどこか似てるんだって。」
「でも、犬ってのはあんまり目は良くないって言わないか?」
 鼻や耳が途轍もなく鋭敏なその代わり、視力は今イチで色盲でもあると、そんな話を聞いたことがあるぞと、クロゼットの前にてゾロが応じた。だから、同じ年頃だっていっても見かけで区別は出来なかろうにと、素早く切り返して来たゾロだったのだが、
「うん、そうなんだけどもね。それでも匂いや足音とか、同世代の同性ってだけでも結構似てるもんでしょう?」
 それで、ここいらではそれに当てはまるのがゾロだけならしいのって。風間くんから聞いた話をそのままご披露。実際の話、ゾロってこのマンションの住人の皆様にも何かと噂されてたりする有名人だもんねvv タレントさんや芸能人のような、華やかで自己主張の強い風貌や個性をした人ではないのだけれど、一旦視野に入ってしまうと、そのまま意識し続けてしまうような存在感のある、そう、印象的な人だと思う。彫りの深い鋭角的な面差しは男臭くて精悍で。でもね、深色の眸の涼しげなところとか、強い意志に引き締められてる、形の立った口許とか。間近でじっと見ると、なかなか結構 端正だと思うし。今日は少し暑かったろうと言いながら上着を脱いだら現れる上半身は、しっかりした仕立てのジャケットを脱いだっていうのに、尚のこと屈強な頼もしさが増すから不思議。押しつけるような圧迫感はないけれど、実用優先で鍛え上げられた、充実した体躯の重厚さがあらわになるせいかな? 明るいところで見ると、
「………ルフィ?」
「あ、や、なんでもないっ。//////
 あはは。/////// まだ時々は、こっちが照れちゃうの。困ったね。/////// 何でもないようって誤魔化して、着替えたシャツの代わりとかタンスから出して来たのを手渡して。ほらシャワーに行くんでしょって背中を押すんだけれど、
「ルフィ?」
 素早く、それから手際よく。壊れやすいケーキを抱えるみたいに、でも抜け出せない確実さで、ぎゅって捕まえられて、どうした?ってお顔を覗き込まれちゃった。
「何でもないったら。///////
「そうか?」
 でも、顔が赤いし。何か言いたそうなの、飲み込んだんじゃないのかって、そんな風に訊いてくれる優しいゾロ。それもこれも、俺んコト泣かせたのを忘れられない後遺症。此処での暮らしが始まった最初の頃、俺ってば柄にもなく色々と我慢してて。悲しい想いを背負ったまんま、もう逢えないって思ってたゾロと再会出来ただけで十分だからって、それ以上は望まないっていう我慢をしていた俺だってことに、こんなにも…一番間近にいたのに、それに気づいてやれなかったってことを、ゾロはずっと忘れてなくて。
“それでなくたって…。”
 俺にはいつだって優しかったゾロだったから。剣道しか知らなかった、ただ強くなりたかった“ぶきっちょ”だったゾロが、なのに…腕白で甘えたで我儘な、いつまでもガキだった俺にはとっても優しかったから。どっちにも責任のない“事故”が大元の原因だとはいえ、7年もの間を辛い想いで過ごさせた上、身近に戻って来てもまだ、慣れない気苦労をさせたからって。もうもう絶対に泣かせないって、それを最優先で守ろうとしてくれる。でもね、あのね、ホントにもう平気なのにね。ただね、こうやってぎゅううって抱きしめられると、うきゃ〜〜〜vvってなるから。男臭い匂いと ほっとする温みとに、すっぽりと包まれて。しっかりした胸板とか、アンダーシャツの上からでも割れてるのが判る腹筋とか。肌越しでも届く、その身の充実にくるまれるみたいに抱きしめられると、嬉しくってドキドキして。そのままジタジタって暴れて駆け回りたくなるのを何とか隠したくって。…それがゾロには不審に見えるのかなぁ。///////
「ホントに何でもないってば。」
 ほら、早くシャワー。ご飯の用意も出来てるからねとお風呂へ追い立て、はぁあと肩を落としてのクールダウン。いつだってこの調子だから、ゾロがいつまでも心配症なのを実は笑えないルフィでもある。
“…だって、ゾロってどんどん素敵になってくんだもんvv///////
 ああ、はいはい。判ったから…預かったジャケットをそんなにも揉みしだくのは やめときなさいって。
(苦笑) そんなところへ、
「あ、そうそう。」
 お風呂場前の脱衣場のドアが再び開いて、いかにも安堵の風情を滲ませていた小さな背中が再びのドキドキに“はわわっ☆”と飛び上がった。

  「今年の誕生日は旅行に行くからな。空けとけよ?」
  「………え?」

 そういえば…と思い出すまでもなく。明日明後日にまで近づいてるGWの最終日は、子供の日である前に、当家の奥方のお誕生日でもあって。
「旅行…って?」
 連休の人手を当て込んだ、様々なイベントの企画と当日の監督で毎年々々忙しかったのにね。今年のGWは何の企画も担当していなかった旦那様、それは嬉しそうなお顔になって、
「伊勢志摩で本マグロと松坂牛の食べ放題だ。カツオの手こね寿司ってのもあるそうだから、お腹いっぱいにしてやれるぞ?」
「あやや…。///////
 愛・地球博は素通りですかい。
(笑) 何なら大阪で開催されてる“食の博覧会”も回れるぞと、さすがは企画部のホープだけあって、目玉イベントのチェックにも怠りはないらしく、
“今年はこっちも、サッカーとかの試合の日程がズレてたけど…。”
 連休だからこそといえばの、子供向けの行事だって例年だったら幾つかあったのにね。今年はお家によっては真ん中の月曜日が空いてたりするので、そんなに集中してなくて。でも、それを話した覚えはないのに。
“さては、風間くんとかにリサーチしたな。”
 もうもう、まったく。春先も色々と、新発売になる商品のPRとかのお仕事が一杯で忙しかったろうにね。そういうの以外でも熱心になっててどうすんのと、ダメダメなんだからと思いつつ…お顔の方は素直なもので、ついつい“はにゃ〜〜vv”っと にやけてしまう奥方であり。今度こそ浴室へと入ったらしき物音へ、はぁ〜〜っと吐息をついた小さな奥様。
“凄いなぁ…。”
 いつだって今が一番幸せだって思うのにね。ゾロってば、もっとの“幸せ”を、そりゃあ軽々と持って来てくれる。こういう“プレゼント”としてだけじゃあなくて、さっきぎゅううって抱っこしてくれたのだってそう。この温もりが、この匂いが大好きvvと、尚のこと強く強く思い知らされて…もっともっと好きになって。そこからもっと幸せになれる。こんなに好きでいいのかな、そのうち どうにかなっちゃうんじゃないのかな。幸せの余りという贅沢な心配に、ふかふかの頬が蕩けそうになってる、それは果報者な奥方だったそうですよ?
(微笑) 楽しいゴールデン・ウィークになると良いですね?











   clov.gif おまけ clov.gif



 可愛らしいチョビが懐いたのは、あくまでも…お父さんみたいな“頼もしい大人の男の人”のゾロだったのにね。
「ルフィ〜〜〜vv
「あーもう。判ったってば。」
 物凄い酒豪で、酔ってなんかないくせに。新入生歓迎のお花見でも、飲めない人へも無理から勧めるクセの悪い上司さんのお相手を上手に自分へと任せてもらっては、酔いつぶされる被害者を無くすのに貢献しているのだそうで。そんな豪傑が…どうしてだか、ここんトコお家で飲むと、すぐにも酩酊の体をご披露するようになった。
『きっと安心しちゃうからだな、うんうん。』
 ルフィがやさしく介抱してくれるっていう安心感から、気が抜けるんだろうななんて白々しいこと言っちゃっては。空いたお皿を下げようとしてたり、新しい氷を出したりした奥方を、隙を衝いて捕まえると ぎゅぎゅううっと懐ろに抱え込んでしまう、大きな“甘えたさん”へと変身してしまう困ったさん。あれほど凛々しくて男らしかったロロノアさんは一体どこへ行ったやら。しかももうひとつ困ったことには。
「あーもう、何でこんなに可愛いんだろうな、ルフィってば。」
「あ〜う〜。//////
 これも“振り”の中でのものなら物凄い大胆な演技だぞと、言われたルフィが真っ赤になるような、そんな睦言をすらすらと口に上らせるゾロだから…対処に困る。
“もうもうもうっ、酔っ払いなんてっ。”
 うんうん、酔っ払いなんて?


   “ゾロだから例外で大好きなんだからねっ!”


   ………お後がよろしいようで。
(笑)






    〜Fine〜 05.5.01.


  *これまたお久し振りの“若夫婦シリーズ”ですが。(…え?)
   この人たちの場合はもうね、
   すっかりと出来上がっちゃってますからねぇ。
(笑)
   お母様が突発的な奇襲でもかけない限り、
   波風さえ立たないままに幸せに暮らしてられるのではないだろか。
   そんなラブラブなご夫婦は、南紀の旅に出られるそうです。
   せいぜい“食い道楽”して来てくださいませね?

ご感想などはこちらへvv**

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